長浜村 郡村誌

 現在の舞鶴市長浜(ナガハマ)。明治17年当時、戸数 26戸、社1戸、総計27戸、人数 男77口、女86口、総計163口。

・出典 京都府地誌32~35加佐郡村誌1~4、京都府庁文書、京都府立京都学・歴彩館所蔵

村誌

丹後国加佐郡長濵(ナカハマ)村

本村古時餘戸里ニ属シ同郡<下安久・北吸・餘部上・餘部下・和田及ヒ本村>ノ六ヶ村ヲ総称シテ餘部谷ト唱フ、本村ハ其一ナリ

●疆域  東ハ海ニ面シ、西南隅ハ同郡和田村ト山林或ハ耕地ヲ以テ界シ、正南ハ餘戸下村ト一帯ノ山脈ヲ劃リ、北ハ北海ニ枕ム

●幅員 東西二十八町三十間余、南北四町三十二間半、面積欠ク

●管轄沿革 円満寺村誌ニ同シ

●里程 京都府庁ヨリ西北方本村元標ニ達スル二十六里十二町二十七間、宮津支庁ヨリ東方凡八里半、四隣西和田村ヘ二十五町十八間<実測>、南餘部下村ヘ十六町四間<実測>

●地勢 東西ニ長ク南北ニ短シ、南方一帯連山ヲ負ヒ、北方海ニ沿フ、運輸便利薪足リ炭乏シ

●地味 柑色砂礫ヲ交エ、稲・麦ニ宜シク桑・茶ニ可ナラス、水利不便ニシテ時々旱ニ苦ム

●税地 田<弐拾三町弐反弐畝三歩>、畑<九町九反弐畝拾弐歩>、宅地<壱町七畝弐拾九歩>、山<反別欠ク>、薮地<四畝六歩>、総計<三拾四町弐反六畝弐拾歩、外荒地五反弐畝拾五歩>

●字地 坊主下<村ノ東方ニアリ、東西二町三十六間、南北十三間>、長濵<村ノ西南ニアリ、東西二十八間余、南北四町二十二間>、五森(イツモリ)<村ノ西ニアリ、東西二町二十四間、南北一町三間>、以上著名ノ字ヲ挙ク余ハ略ス

●貢租 地租<金三百五拾六円五拾弐銭九厘>、山税<金九拾壱銭三厘>、国税<金六円弐拾銭>、総計<金三百六拾三円六拾四銭弐厘>

●戸数 本籍二十六戸<平民>、社一戸<村社>、総計二十七戸

●人数 男七十七口<平民>、女八十六口<平民>、総計百六十三口

●牛馬 牝牛四頭

●舟車 日本形舩三十七艘<五拾石未満農業舩>

●山 闔境山岳多ケレトモ、皆一帯ノ山脈ニシテ一ノ表出スヘキナシ、因テ略ス

●森林 雁又林<官ニ属ス、四履欠ク、反別弐町七反三畝拾歩、村ノ東ニアリ、囲一尺、長一間半已下、松凡千五百二株>、牛渡林<官ニ属ス、四履欠ク、反別弐町八反八畝歩、村ノ西北ニアリ、囲一尺、長一間半已下、松凡二百六十株>、乙嶋林<官ニ属ス、四履欠ク、反別三町弐反六畝弐拾歩、村ノ西北ニアリ、囲三尺、長一間半已下、松凡九百弐拾株>、戸嶋林<官ニ属ス、四履欠ク、反別八町九反弐畝歩、村ノ西北ニアリ、囲八尺、長二間已下、松凡一千九百八十株、囲一尺、長一間半、檜凡八百十一株、囲一尺、長一間半、櫨凡百六十株>

●湖沼 大分池<東西十六間、南北八間半、周回五十五間余、村ノ東南ニアリ>、アカサ池<東西十二間八分、南北三十間五分、周回一町十七間、村ノ東ニアリ>、小五森(コイツモリ)池<東西十四間、南北二十七間、周回一町二十間、村ノ西ニアリ>、捻ジ池<東西六間三分、南北八間三分、周回三十間余、村ノ西北ニアリ>、以上本村ノ田若干歩ノ用水ニ供ス

●道路 村道<村ノ西方和田村界ヨリ東方餘部下村界ニ至ル、長二十一町三十二間八歩、巾三尺>

●嶋 乙嶋<四履欠ク、周回八町四十四間、村ノ西北方海上直径二十五町ヲ隔ツ、全嶋雑木ヲ生ス>、戸嶋<東西二十九間、南北四十七間、周回分明ナラス、村ノ西北方海上十五町ヲ隔ツ、西方ハ同郡白杦村ニ属シ、東ハ本村ニ属ス、満嶋雑木茂生ス>

暗礁 塩洲礁<四履欠ク、延長二十間、深干潮一丈八尺、佐波賀村所属蛇嶋ノ東南ニアリ、礁標ナシ>

●社 高倉神社<村社々地、東西十四間、南北二十六間八歩、面積二百二十八坪、村ノ西南ニアリ、祭神誉田別尊・天児屋根命・菅原道真ヲ合祀ストアリ、創建年代及ヒ由緒詳ナラス、祭日八月十四日、境内末社一座アリ>

●物産 蜜柑<七拾八貫目>、舞鶴市街ニ輸送ス

●民業 男女皆農ヲ専トス

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