土目録地図02 八大庄屋組

 田辺藩は八人の大庄屋を設置し、彼らを通じて農村支配を図った。大庄屋は藩からの下達を配下の庄屋に布達し、また訴訟や村からの願い出の際にも重要な役割を担った。八大庄屋組が早く確認できるのは正保3年(1646)である。

 由良川流域では、上・中・下流に分けて由良川をまたぐ形で三つの大庄屋組が置かれた。その他の大庄屋組も概ね地理的なまとまりに従って編成されているが、中舞鶴地域の村々が池ノ内組であることが特徴的である。六代官支配との異同も興味深い。

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