引土村の年表

西暦和暦出来事
1727享保12年丁未626田辺朝代町火事 引土村類火、朝代町家数49軒・引土村同13軒焼失する
1732享保17年壬子93田辺大火 昼4ツ時より7ツ時まで延焼、引土村家数30余軒焼失、本行寺、朝代大明神、円隆寺本堂・塔・八幡宮・観音堂・薬師堂・理正院・成就院など類焼する
1854嘉永7年
(安政元年)甲寅
1213引土村鋳物師金屋(国松)六左衛門、藩御用の西洋下曽根派6ポンド短熕(大砲)1梃を鋳造する(惣丈5尺9寸2分3厘5毛、玉径3寸1分5厘2毛、安政2・1・13同2梃目鋳造)(写真31)
1857安政4年丁巳819藩、昨年、白杉村横浪に築いた台場へ備えつけの大砲を引土村にて鋳立てるにつき、在方は申すに及ばず町方も相応に夫役を仰せつける 右につき町方大工・鍛冶・桶屋・左官のほか人足追々申しつける旨を達する
1857安政4年丁巳10藩、大砲鋳造御用につき古銑・鍋釜・鋤先を買い上げる間、不用の分を取り調べ引土村鋳物師六左衛門方へ差し出すよう達する
1857安政4年丁巳1213引土村金屋六左衛門、藩御用の三貫匁筒1梃鋳造する(安政5、五貫匁筒2梃鋳造)
1861万延2年
(文久元年)辛酉
7引土村金屋六左衛門、藩御用のアメリカポンド初筒鋳造する
1863文久3年癸亥526引土村金屋六左衛門、藩御用のフランス筒2挺鋳造する(同年11月~慶応2・春、各種大砲7挺鋳造)
1866慶応2年丙寅923引土村金屋六左衛門、藩御用の11ポンド半山臼砲真5挺鋳造する
1883明治16年癸未55真言宗智恩院(引土村、京都仁和寺末)、円隆寺と改称
「舞鶴市史年表」より

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