岡田下村の年表

西暦和暦出来事
1897明治30年丁酉3岡田下村久田美、共有山林規程を設ける
1905明治38年乙巳岡田下村志高・久田美両小学校基本財産の造林計画を各区に設定
1907明治40年丁未824豪雨のため由良川・与保呂川・高野川はじめ郡内各地の河川はん濫、大被害を受ける(最高水位、岡田下村字志高11.5m)
1909明治42年己酉718久田美購買組合(岡田下村字久田美)設立認可
1909明治42年己酉729志高信用組合(岡田下村字志高)設立認可
1909明治42年己酉112岡田下村字志高耕地整理工事着工(大正2・2・15完了)
1909明治42年己酉加佐郡長、水害救助船6隻(篤志家の寄贈)岡田下村に付与
1910明治43年庚戌41池内尋常小学校・岡田上村東尋常小学校・岡田中村共立尋常小学校・漆原尋常小学校・岡田下村久田美尋常小学校に高等科併置、それぞれ尋常高等小学校と改称
1911明治44年辛亥430岡田下村久田美尋常高等小学校・志高尋常小学校併合、岡田下尋常高等小学校と改称
1911明治44年辛亥1031天皇・皇后御真影下賜(郡立高等女学校・舞鶴・余部第一・岡田下各尋常高等小学校など)
1913大正2年癸丑310岡田下村「忠魂碑」(字久田美、城山山腹)建立
1913大正2年癸丑○由良川改修工事開始(明治44末)、岡田下村字志高舟戸の全戸移転完了
1915大正4年乙卯12公設東大浦消防組・公設岡田下消防組発足
1916大正5年丙辰10大阪電灯(株)舞鶴支店、志楽村、与保呂村、倉梯村字堂奥・多門院、神崎村、東雲村、丸八江村、岡田上村、岡田下村へ電灯供給開始
1917大正6年丁巳826岡田下村農業補習学校開校式
1917大正6年丁巳岡田上・岡田中・岡田下3か村組合立隔離病舎設置(岡田下村字志高)
1919大正8年己未67大川神社(岡田下村字大川)府社に昇格
1921大正10年辛酉925豪雨(雨量217mm)、各河川はん濫、河守町30尺、岡田下村28.5尺、東雲村大川橋23尺(由良川)、中筋村伊佐津10尺(伊佐津川)それぞれ増水、郡道被害96か所、工費8万356円
1931昭和6年辛未317岡田下消防組、府下消防組頭大会で優良消防組として金馬簾・纏を授与される
1932昭和7年壬申825岡田下村、農村不況深刻化により基本財産運用基金積戻金1か年繰り延べ、特別税戸数割軽減を実施
1932昭和7年壬申10岡田下村、時局匡救事業として村道改修及び応急施設宅地修繕工事施工を決定
1933昭和8年癸酉3岡田下消防組、自力更生火防賽銭制度を定める
1937昭和12年丁丑1024八雲村・岡田下村・岡田中村、組合立診療所(八雲村字八田)設立
1940昭和15年庚辰84舞鶴市・東舞鶴市・加佐郡小学校高等科児童拓殖訓練開催(4日間、岡田下小学校)
1942昭和17年壬午71京都府与謝地方事務所(宮津町)設置、加佐郡の内、岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎・由良・朝来・東大浦・西大浦村が所轄となる
1943昭和18年癸未223岡田下村森林組合成立
1945昭和20年乙酉330岡田中・岡田下・八雲村、京都市の学童集団疎開児童190人受入れ
1945昭和20年乙酉1015京都市集団疎開学童、岡田中村・岡田下村・八雲村より引揚げ開始
1946昭和21年丙戌1224舞鶴市3地区・岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎村農地委員選挙
1947昭和22年丁亥920岡田下・八雲村の診療所を両村国保直営「国保八雲病院」に拡充
1949昭和24年己丑54府立河守農業高等学校岡田分校、岡田下小学校の一部を仮校舎として発足
1951昭和26年辛卯○現舞鶴市域内の8農地委員会解消、舞鶴市新中舞鶴・東大浦・西大浦・朝来・志楽・与保呂・倉梯・四所・高野・中筋・池内・余内、岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎の17農業委員会発足
1952昭和27年壬辰624岡田下橋仮橋流失(台風により由良川洪水)
1952昭和27年壬辰111舞鶴市教育委員会設置、岡田上村・岡田中村・岡田下村・八雲村・神崎村、それぞれ村教育委員会設置
1952昭和27年壬辰由良川漁業協同組合、岡田上・岡田中・岡田下・八雲村地区を吸収
1955昭和30年乙未420加佐町設置(岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎の5か村合併)
1956昭和31年丙申322加佐町農業共済組合設立(加佐郡岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎村農業共済組合合併)
1956昭和31年丙申41加佐町立岡田下保育所(字久田美)開設
1956昭和31年丙申725加佐町森林組合結成(岡田上・岡田中・岡田下・八雲・神崎森林組合合併)
1957昭和32年丁酉527加佐町立岡田下保育所、舞鶴市へ移管
「舞鶴市史年表」より

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