由里村の年表

西暦和暦出来事
BC2000年ころ縄文後期岡田由里遺跡
弥生時期未確定岡田由里遺跡
1630寛永7年庚午713高三、大原三郎左衛門へ河辺中村・同由里村の内において、山林・竹木・川などを除き合計高250石の地を宛行う
1715正徳5年乙未6大川・久田美・桑飼下・由里・桑飼上村庄屋および志高村年寄、由良川・加古川直通舟運の開発により、道広げ普請のための田畑潰れ、川除けのための川端の藪・桑伐払い、船引人足雇いのための耕作妨げ、鮭簗立ての停止、船会所・蔵敷地の皆無など、村々の支障を大坂町奉行(カ)に訴える
1721享保6年辛丑89藩家老、野成見分につき巡在する この日、岡田由里村泊り
1743寛保3年癸亥1明成、岡田由里村武左衛門・たあ夫婦の孝養を厚く賞して、同人持高の年貢米を永久に免除、白銀2枚を給する また、この夫婦を諸人の亀鑑とすべく、その行状を書かせて領内へ触知させる
1746延享3年丙寅128藩、岡田由里村にて狩りを催す
1793寛政5年癸丑春、宣成、伊佐津村庄七妻さよ及び岡田由里村吉左衛門妻かんの孝養を賞して、鳥目を給する
1889明治22年己丑8加佐郡修路之碑(岡田中村字岡田由里)建立
1892明治25年壬辰加佐郡岡田3か村組合高等小学校を岡田中村字岡田由里に設置
1937昭和12年丁丑6日出紡織(株)舞鶴第2工場(舞鶴町字公文名・京田・高野由里・女布)建設工事着工
1938昭和13年戊寅71日出紡織(株)舞鶴第2工場(舞鶴町字高野由里)操業開始
「舞鶴市史年表」より

関連する歴史の人物

関連する人物はいません。