地元産物でととのえたごちそうで庄屋役披露の祝宴

 井上奥本家文書には、近世~近代の献立記録が複数残されている。年代や目的など詳細が不明のものも多いが、ほぼすべての記録の最初に「本膳献立」または「本膳」と記されている。これは、本膳料理という料理様式を示す。複数の料理をのせた銘々膳が、客の前に据えられるスタイルで、最初に正面に据えられる膳を本膳と称した。本膳には手前に飯と汁、奥に菜が置かれ、料理(汁と菜)の数が多くなると、二の膳、三の膳、与(四)の膳、五の膳などと膳が増えて豪華になっていく。饗膳の規模は、汁と菜の数によって一汁三菜、一汁五菜、二汁五菜、二汁七菜などと呼ばれた。

 本膳料理は室町時代に武家の式正の饗宴のなかで成立し、当時の御成の儀礼膳には七膳からなる八汁二三菜などの記録もみられるが(「永禄四年三好亭御成記」)、次第に簡素化し、江戸時代後期には、二の膳までの二汁五菜の本膳料理が、もてなしの標準的な料理として一般にも定着した。

 菜の種類や数え方は、時代や料理流派などによる違いもあるが、例えば享和元年(1801)刊の『料理早指南』初編に図示された本膳料理は、本膳に飯、汁(味噌仕立)、鱠、壺(煮物など)、香の物、二の膳に汁(二の汁・すまし仕立)、平(煮物)、刺身、本膳の向こう側に焼物が置かれ、汁二つ、菜五つの二汁五菜である。本膳の中央にある小皿の香物は菜に数えないことが多く、また膳の外に描かれた吸物や猪口は、本膳料理の饗膳に続く酒宴で供される肴の扱いである。

 ここでは井上奥本家文書の文久元年(1861)「万事記録覚帳」で、11月17日に井上七郎右衛門が庄屋役の任命を受けた後、同21日に行われた「庄屋役披露儀式」の献立記録をみてみよう。「本膳献立之式」として、9つの料理名(または食器名)とそれぞれの材料名が記されている。最初の平とは、かぶせ蓋付の平椀という塗物椀をさすが、通常煮物が盛り付けられた。本事例では、はんぺんと焼豆腐に、にんじん・ごぼう・くわい・里芋とこんにゃくを炊き合わせた煮物である。鱠は大根とたれくちいわし(カタクチイワシ、京都での呼称)の二品を煎酒や酢とともに混ぜ合わせた和交(あえまぜ)、汁は豆腐、芋、雑魚の味噌汁である。これらの平、鱠、汁と、記されてはいないが飯、香の物が、本膳に据えられたと考えられる。二の膳の記載はみられず、その次の五目すしと大根鱠は取肴、吸物は肴とあり、饗膳の後の酒宴で酒に添えて出される酒肴である。「うどん しつふく」(しっぽくうどん)などの麺類は、本膳料理では酒宴後の後段として出された(『貞丈雑記』)。また「ゆき平だき」は(ゆき)(ひら)鍋で仕立てたくわいやにんじんなどのあんかけで、酒肴として熱々の小鍋立で供された思われる。

 本史料の献立記録の前には、この祝宴のために準備された白米、酒、竹輪、すしおよび鱠の魚、汁の雑魚、白箸、素麺、焼豆腐、白豆腐、こんにゃく、酢、ひじき、しょうが、芋の購入量と値段が記されている。複数の料理に用いられている大根、にんじん、ごぼう、くわいは、そこにはみられないが、同村の家々から収穫物が持ち寄られたのだろうか。

 祝宴が開かれた旧暦11月21日は、現在の12月末で冬至の頃にあたる。料理は、旬の根菜類を中心に魚やはんぺんなど、地元の多様な産物をとりあわせたごちそうの数々で、酒肴も充実していたことがわかる。そのなかでも、宴もたけなわのころに供された、あたたかいうどんや小鍋立のあんかけ料理は、人びとをあたため、その場をいっそう盛りあげたことであろう。

出典 

「万事記録覚帳」(井上奥本家文書1390)京都府立大学文化情報研究室・舞鶴地方史研究会「翻刻」⑬、東昇編『舞鶴の地域連携と世代間交流 井上奥本家文書調査報告』京都府立大学文化遺産叢書16、京都府立大学文学部歴史学科、2019、148~149頁

参考文献

上井壱雄「史料紹介『井上奥本家文書』「文久三年・万事記録覚帳」より」『舞鶴地方史研究』50、2019、23~29頁

東昇「井上奥本家文書解題」 東昇編『舞鶴の地域連携と世代間交流 井上奥本家文書調査報告』京都府立大学文化遺産叢書16、京都府立大学文学部歴史学科、2019、34~35頁

松下幸子『図説江戸料理事典』新装版、柏書房、2009

熊倉功夫『日本料理の歴史』吉川弘文館、2007

「永禄四年三好亭御成記」『続群書類従』23輯下、武家部、234~249頁

「貞丈雑記」『貞丈雑記』2、東洋文庫446、1985、108頁

『料理早指南』初編「日本古典籍データセット」(味の素食の文化センター所蔵)http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=100249500&pos=4&lang=ja (参照 2024-03-25)

阿部宗明著『原色魚類検索図鑑』北隆館、1963、国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1379793 (参照 2024-03-25)

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