とんどと狐狩り

 成生には文化10年(1813)「年中行事書上之覚」が2冊存在する。そこには、現在も正月行事として舞鶴市内で行われるとんどと狐狩りが登場する。正月14日、寺へ日待に行った後、晩に正月の松飾りを外し、15日朝粥を祝う「かい正月」と、正月の飾リを焼き払ふ「とんど」を行う。現在のとんどの多くは15日に長い竹数本を立てて、正月の門松・しめなわ・書初などを持ち寄って焼く。その火で餠などを焼いて食べると、その年は病気にかからないとされている。もともと、左義長・三毬杖(さぎちょう)と呼ばれる正月に行なわれる火祭の行事である。
宮中で正月15日・18日に、清涼殿の南庭で、青竹を立て扇などを結びつけたものに、吉書を添えて焼いた。この朝廷行事が武家、そして民間へ普及し、とんどになったとされる。
 14日の夜の狐狩りは、7歳以上の男子が宿を決めて、仏神へ狐狩りを伝えて、2度廻るとある。狐狩りは、小正月の行事、害獣を除く行事で、男子が14日夜から15日「狐がえり候」と唱え村内をまわる。東は福井県の白木半島(三方町)から、西は鳥取県米子市まで、主に兵庫県・京都府北部を中心に行われている。
 舞鶴市青井の狐狩は、舞鶴市民新聞(2015.9.29)によると、「きつね狩りそーろ~」と歌い、地区の境に来ると「こっちらへ、ようこまい~」と、夜を待って闇の中を大声で唱和しながら、提灯を手に子供たちが地区の境を廻ります。狐は鶏を襲ったり、昔から悪いことをするものの代名詞で、青井では乳幼児を襲うといわれている。狐を地区外へ追い出すが、お稲荷さんの使いなので丁重に扱う。赤や黄色の色紙を張った手作りの四角い提灯のあかりをたよりに、夜道を照らしながらお題目を大声で歌い、威嚇しながら狐を山に追いやる、とある。

翻刻本文

A「年中行事書上之覚」成生漁協文書A-27-3
一十四日 家持之分寺ニ日待上ル、晩方枩飾リヲ取、但シ若者狐狩リヲ致ス
一十五日 朝かひヲ祝う、則かい正月と申、但シ朝正月の飾リを焼き払フ、此日休ミ

B「年中行事書上之覚」(水島家所蔵、『京都府舞鶴市成生総合調査報告』参照)
十四日 家持の分宮寺に日待に上る、晩方松餝りを取。但し其夜狐狩りと申て七才以上の男子宿を宛居て佛神えきつねかりを申弐度廻る
十五日 朝かひ祝う、則かひ正月と申、但し朝正月の餝り焼き払ふ、とんど言ふ。是日朝より休む

参考 佛教大学民俗学研究会編『京都府舞鶴市成生総合調査報告』民俗志林三、佛教大学民俗学研究会、1988

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