舞鶴の山城44 蛇島城

じゃじまじょう

・舞鶴市字佐波賀小字蛇島
・遺構----曲輪、竪堀 ・占地----小島
・標高----40m ・比高----40m ・遺跡地図番号----314

 この城は舞鶴湾の小島にあり、山頂を中心に南に三曲輪、北の細尾根に四曲輪が造成されている。島の中央部の西斜面に一本の竪堀があるほかは、削平地のみの遺構である。

 若狭高浜の逸見氏が海城として構築したといわれ、1569(永禄12)年の夏、連歌師の里村紹巴が旅した時の記録「天橋立紀行」にも登場する城館である。紹巴は志楽の地中から釣り船で蛇島に渡り二日間を過ごして嶺山に旅立った。また、帰りには橋立の文殊堂から舟で再び蛇島に逗留し、安久城から岸谷峠を越えて帰京した。この際一色式部少輔、大志万但馬守と交流している。戦国時代、若狭武田氏が舞鶴湾を支配する時には軍事的に重要な島であったようだ。

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